頭がいい人がやっている7つのこと

男たるもの仕事に命をかけろ、雑にやってはならない

仕事に命をかける男性

どういう仕事であろうとも、自分が関わりたずさわることによってのみ、その仕事に初めて独特の個性が生まれてくるのである。そのときにこれこそが自分の仕事だといえるようになる。
同じ仕事でも、人によってやりがいのあるなしが生じるのはこのためである。真摯に、積極的に、熱意をこめて、注意深く、たずさわりさえすれば、仕事はやりがいと生き甲斐を与えてくれるのである。

 

だから、それぞれの仕事の本当のおもしろさはそれに深くたずさわっている人にしか分からない。あたかもカタログで商品情報を得るように、仕事をデータで知ることなど不可能なのだ。その意味で仕事の斡旋には限界がある。つまり、やりがいのある仕事がそこにあるのではなく、自分の姿勢と取り組み方だけが仕事に生気を吹き込むことができる。
そうして仕事はようやく自分のものとなり、かつ自分にとって重要な楽しみとなる。楽しみでありながら金銭も得られるのだから、それは生の喜びともなるのである。

 

雑用を手稲に行え

雑用に囲まれる男性
「雑用が多くて時間がない」と言ったり、「雑用がなければ、もっとはかどるのに」と思うことがある。
しかし、本当に雑用のために時間が削られてしまっているのだろうか?雑用がなければ、仕事などがもっとはかどっていたのだろうか?
たとえば、下着類を洗濯することは雑用に見えるかも知れない。しかし、洗ってきちんと乾かしていおかなければ、明日は汚れた靴下をつけて外出しなければならなくなる。それはとても不快なことではないだろうか。生理的な不快さは仕事の能率を確実に下げるだろう。

 

物事をよく見つめ、ちゃんと理解してみよう。雑用は決して不要な事柄ではないのだ。雑用に見えるどんな小さな事柄でも、それは生活の中のたいせつな一つなのである。気持ちよく生きていくために必要な事柄なのである。

 

あなたが雑用を雑に行うならば、それはまさしくうとましい雑用になる。しかし、細々とした用事を丁寧に行うならば、あなたは確かに精神的な安定感を得るだろう。心の一部が澄んだ状態になるのだ。そういう澄んだ心が他の事柄に影響を与えないはずがない。
また、雑用を行うことは脳をすみずみまで働かせることにもなる。雑用をすることは手を動かし、物事を選別し、順序立て、手際良く行うために工夫し、それらを統合して実現化させることだ。これはまさしく健康な脳を十分にいきいきと働かせて新しい能力を得ることなのである。


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